人も、イチゴも、「育てる」ことでは同じ。

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「自分の家族や、孫のことを考えた時に、”こんなものを食べさせたくない”という物は作りたくなかった。だから、”無農薬”という選択をした。」

そう語ってくれたのは、イチゴ農家の唐澤福一さんです。

今日、私がお手伝いに行っている学校の、3年生の社会科の”農業”の勉強で、地元でイチゴ農家として専業でやっていらっしゃる唐澤さんからお話しを聞く時間がありました。

最初は、イチゴを育てる工程とか、実際の作業の話をしてくださりましたが、その作業の中で「育てる」という点において、教育=子ども達を育てる という立場にある先生としても、また、子どもを育ててきた親としても、自らを成長させようと学び続けて来た者としても、思わずはっとする言葉がたくさんありました。

冒頭に書いた言葉は、その1つです。

現在、物があふれ、食べ物はどの季節にも好きなものを食べることができます。

けれど「安全な食べ物」という観点から見たら、私たちはどのくらいの物を、安心して口にすることができるのでしょうか?

そしてそれは、食べるものに限らず、この社会全体が、「こんなものを、こんな状態を、子どもや孫には経験させたくない、背負わせたくない」という観点から見たら……

果たして私たちは、自分の子孫に、今の社会の状況を、胸を張って誇ることができるのでしょうか?

まず、その言葉にはっとして、唐澤さんのお言葉を聞いていくうちに。
わたしは、「人を育てることも、作物を育てることも,ひとの生きざまも、植物の有り様も、まったく同じなのだ」と思わずにはいられなかったのです。

いくつか、そう感じた言葉をここに記してみたいと思います。

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「無農薬でやるためには、病気を防ぐのに、薬ではなく”天敵”を活用しています。
たとえば、病気をもたらすハダニの増加を防ぐのには、そのハダニを食べるダニを育てます。ですから、いくら病気をもたらすからといって、ハダニを全滅させてしまったら、そのハダニを食べる役に立ってくれるダニも死滅してしまいます。

大切なのは、必要以上に増やさないことであって、ハダニと、役に立つダニとが”共存”する事なのです。………」

「イチゴの病気を防ぐには、葉っぱに、光を当ててストレスを与えるのです。
病気にならない強いイチゴにするためには、適度にストレスを与え、それに耐えられる強さをつけることが大切です。」

「キュウリなどを買うときにも同じですが、”まっすぐできれいに整っている”物よりも、曲がってかっこわるい物の方がおいしいです。
なぜなら、曲がったり、傷つけられたりすることによって、その部分を自分で治そうとして、美味しさの元になる成分を出し、蓄えようとするからです。」

「お金が高いからと言って、美味しいものとは限りません。
わたしは、美味しいものを美味しいままに食べて欲しいので、買いに来る人優先で、イチゴを売っています。」

……そう語る唐澤さんのイチゴは、普通のイチゴで10〜12程度の物に比べて、高いものだと17という糖度を持った、おいしいイチゴだそうです。子ども達からの質問で、「どのイチゴがおいしいのですか?」と聞かれて、「イチゴの美味しさ、甘さは、作り方によってもまったく違います。だから、一概に言えません。だけど、うちのイチゴはおいしいと、これは確かに言えます。」……と、胸を張っておっしゃっていました。

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わたしは。
私たちは。

「自分の生きざまは、素晴らしい」と、胸を張って話すことが出来るでしょうか。「自分の作品や、仕事の成果は、誰にでも誇れる物です」と、胸を張って言うことができるでしょうか。

そして、「私たちが、今生きているこの社会は、未来の子ども達が、笑顔で安心して、そのまた子ども達を育てていくための物です!」と、果たしていえる物になっているでしょうか?その努力をみんなで力を合わせてしているのだと、自分の子ども達や、学校の生徒たちに、はっきりと伝えることができるでしょうか?

唐澤さんが持ってきて、子ども達にくださったイチゴの苗は。
その葉っぱの茎も、しっかりとして、葉っぱは厚くシャンとして、それはしっかりとした物でした。

育てること、育つこと。
生きる事、生かされること。

その点において、イチゴも人も、まったく同じ。

そう思いながら、自分を振り返り、自分の生きているこの社会を振り返って見たら、豊かに生きることや、幸せに生きるための大切なヒントが、見えてくるのではないかなぁ……そう思いながら、何かずっしりと重くて、温かいものを受け取ったような気持ちになった、そんな時間でした。

 

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